・Type:Noisy
・Color:Spotted Robert
・Price:¥9,900 (tax in)
10年の時を超えて現代に結実した羽根モノ。「トリヴァース」誕生。
「ハンドメイドルアー」
その言葉の響きを初めて耳にしたのは1980年代の終わり頃だったと記憶している。
時代はバブル全盛期。世の中的には、日本経済が上向きの頂点から暗転する前夜だったのだろうか。景気のいい記憶はかけらも残っていないのだが、大阪に暮らした小学生が興味を抱いたその語感にはどこか、「手間暇かけて生み出される工芸品っぽい甘美な響き」が感じられ、町の図書館の釣り本コーナーでもとりわけ私の興味を引いたのだった。
「バルサを削って、ミノーを作ろう」
そんな見出しが少年の関心を導いてゆく。「ミノー」と呼ばれるルアーを所有したこともなければ「ブラックバス」という魚体に触れたこともなかったが、気がつくと手順のとおり作り始めていた。
見様見真似でノコギリを使って削り出したバルサ剤を、カッターナイフとサンドペーパーで丸めていき、真っ二つにする。断面にワイヤーを通し、おもりとラトルを入れて左右を張り合わせる。最後にペイントした銀紙を巻き、防水処置を施した。
初めてにしては我ながらいい感じに仕上がったとおぼしき初作のミノーは、程なく実戦投入の日を迎えた。
食らいつくブラックバスを想像し、期待に胸をふくらませてキャストしたそれは、ものすごい角度で水に浮き、スイムという概念からおよそ遠く、宇宙遊泳かとみまがうファンキーなアクションを繰り出した(むろん、魚が食らいつくことはなかった…)
ルアー作りの奥深さという意味では、その入り口をチラ見しただけの少年にも、「釣れるルアー」や「美しいルアー」といったものが、いかに膨大な知恵と鍛錬を必要とし、ビルダー個人の人生経験をも盛り込んだ奇跡の結晶であることを予感させる体験だった。
今回ご紹介する「4S × NoisyNuts “TRIVERSE”」は、大阪を代表するハンドメイドルアーブランド「4S」「パラボリクス」をリリースする和田氏の手によって、構想からおよそ10年の月日を経てついに生み出された作品である。
その哲学的とも言える誕生秘話を、本人の言葉でお届けしよう。
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今から約十年前、ただ漠然と「ハネモノ」が作りたいと思った。
はじめはカタチから入っていった。
どこかで手に入れた「それ用」のアルミでできたパーツセットがあったからだ。
雑然と散らかった工房の作業机の上にはそれ以外にも幾多のパーツや工具がひしめき合っていたが、鈍く光る金属のかけらが描く滑らかな曲線が独特の存在感を放っているような気がした。手に取った時、「これを使ってプラグづくりをしたい」と思った。逆をいうとそれ以外の動機はなかった。
その大きさや質感、「羽」というパーツが持つ意味合いまで含めて、視覚的なイメージからプラグを構成していった。木を削って出来上がったものは上反りで、どことなく鳥を思わせるものにしたかった。
鳥の原点イメージには、日本のルアープラグにおける大きな存在という意味で、ハトリーズの有名なプラグのひとつであるザラヤッコ(l’oiseau)がある。オマージュとしても羽があるプラグにそれを思わせるデザインを援用するのは自分としては小気味良かった。そうしてプロトタイプが決まり、作り上げて実際に魚を釣っていった。
その時は一つ作るのは良かったが量産をすることは考えていなかったし、ハネモノというジャンルのプラグをよく理解していなかった。よいアクションはしたけれどもそれは飽くまで既存のパーツが仕事していたからではないかという思いが拭いきれなかった。そんなこともあり、日の目をみることはなかった。
数年後、世間でハネモノのムーブメントが訪れたとき、また自分で作ろうと思った。新たなアクションの可能性がみえたからだ。それは刺激的だった。羽がアクションの大部分を司っていると思っていたが、やはりそこにはルアーの奥深さが顔をみせる。羽の取り付け位置、ブランク形状、そのバランスによって似て非なるアクションのバリエーションを生み出した結果、多数のプロトタイプを経てスラッシュホグ(2018)スラッシュラット(2022)をリリースすることになる。
この二つで、自分のハネモノのアクションについては掴んだつもりである。というより、掴みやすく作った。そのためのサイズ感にて完成させたところもあり、ある部分は仕方なくもある。1オンスという重さは羽をある程度の大きさにするときに必要な浮力を稼ぐため、結果として得られた仕様なのである。
もちろん実釣には何の問題もなかった。とはいえ、昨今の釣果状況を鑑みた場合にはダウンサイジングが求められる。どうダウンサイズするか。自分がスラッシュホグなどで作り上げたバランスでは対応できないことも承知していた。そこで昔に作ったプラグの事を思い出したのである。
当時からバランス自体は悪いものではなかった。ただ、あの頃は煮詰め方や方向の定め方が分からなかった故、どこか凡庸に感じてしまい、奥の方へ片付けてしまったわけだが、今ならそれが分かる。
10年前のものは木の比重も適したものでないことが分かっていたので一から作り直すことにした。
その過程で、当時自分がしようとしていたことが分かる。
デザインはそのままにバランスをブラッシュアップして作り替えた。
当時の自分のやりたかったことがようやく完成の時を迎えた。
最初のイメージが十年の時を経て完成する。まるで前二作がそのためにあったかのようでもある。
プラグづくりは自分のために行っているわけだが、当時、「いつかこのプラグを自分が作れるようになるだろう」と期待を込めて作っていたことも思い出した。そんな自分への投資のような行為には、過去の自分と今の自分とを切り離して考えた時、互恵的利他主義が認められる。そんな風に思って、このプラグの名は社会学者のロバート・トリヴァースにちなみTRIVERSとした。
読みの音のトリ(鳥)は形から入っていることを示している(と思っている)し、リヴァースは過去と今の対比で、このプラグの製作プロセスの時間軸の対比を込めて。triは三を表す接頭語で三作目のハネモノだということでもある。
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和田氏とは、NoisyNuts立ち上げのため動き出した1年以上前からやりとりを続けている。
過日、大阪の工房を尋ねた足で高山ダムへと釣行を共にする道すがら、彼のものづくりへの姿勢、そしてブラックバスという魚や自然への接し方にこめられた優しさと謙虚さに触れる機会があった。
ルアーづくりと社会学。
一見結びつくことのなさそうな両者の交差点にほんのりと思いを馳せながら、10年という歳月をタイムマシンのように行き来できてしまう前代未聞の羽根モノ、それがNoisyNuts produce “TRIVERSE”なのである。
text: Kotaro Matsui